創立93周年記念礼拝
ヨハネ3:3-8
教会の道
福音の福音の核心は再生であります。5節「イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。」 水と霊によって生まれ変わること。
今日の聖書の主人公であるニコデモが話しています。
ニゴデモは、この世で誰にも羨ましがられるほど肉体的な良い条件をすべて備えた人でした。彼はユダヤ人の師であり、優れた学者として知識とユダヤ社会を統治していたサン・ヘドリン公会員で、権力とイエス様の葬儀を準備するために没薬と沈香を混ぜたものを百根も準備するほど金持ちでした。
ヨハネ3:1節「さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。」
しかし、ニゴデモはそのような富の権力に満足する人物ではなく、彼の心の中にはいつも満たされない空虚さがあり、それが人間の本質問題である死をどのように解決し、永遠の命を得ることができるのか? 当時、パリサイ人はイエスを否定的な視点で無条件に批判し、異端視し、どうやっても弱点だけを見つけようとしました。教会は再生の産室であります。だから教会には音があります。苦しみの音でした。十字架を背負った人の音でした。産声の音でした。子育ての音でした。成長の音でありました。そして、道が大切であります。
イザヤ53:6節「わたしたちは羊の群れ/道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて/主は彼に負わせられた。」それぞれの方角に向かって行ったことが使命を失われた人生であります。
アブラハムを道を示した。創世記12:1節「主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。」そして、イスラエルにも道を示したのです。パウロにも主の弟子たちにも道を示したのです。主が示した道は祝福のみちです。この道を歩むことが信仰です。主イエスが道であります。
教会は道であります。