四旬節第4週 十字架の力
マルコ 15:33-41
本日の本文はイエスが十字架につけられる場面が記されています。イエス朝9時に至るまで、ピラトの下で裁判を受けられてゴルゴタの丘の上で十字架の上につけられました。
その十字架をどれほど重かったでしょうか?
21-22節「そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。そして、イエスをゴルゴタという所その意味は「されこうべの場所」に連れて行った。」、ここで「シモン」という人がイエスの十字架を代わりに背負われたkとですが、私たちが主に従うことであるならば、主の十字架を背負っていかなければなりません。
しかし、本当は私たちが十字架を背負っていくべきものを
主が代わりに背負われました。主の日に教会にくるのは
その十字架の前に自分の罪を置き、悔い改めることにより
罪が赦されます。信仰は私たちの重荷を主にゆだねること
です。マタイ11:28節「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」
そして、イエスはピラドの下で裁判を受けました。
私たちが受けるべき裁判を何の罪のないお方が代わりに
裁判を受けました。イザヤ53:5-6節「彼が刺し貫かれたのはわたしたちの背きのためであり彼が打ち砕かれたのはわたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによってわたしたちに平和が与えられ彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。 わたしたちは羊の群れ道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて主は彼に負わせられた。」、イエスは罪人のように、罪人の友だちになって
下さいました。私たちが受けるべき裁判を代わりに受けました。本文27節また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。」
そして、父なる神様から見捨てられました。33-34節「昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた 三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。」
今回の四旬節ではこの十字架を黙想しましょう。