主の中で幸せが始まる
詩編45:1-9
王の婚礼式に作って歌われた歌であります。
3節「あなたは人の子らのだれよりも美しく、あなたの唇は優雅に語る。あなたはとこしえに神の祝福を受ける方。18節「わたしはあなたの名を代々に語り伝えよう。諸国の民は世々限りなく、あなたに感謝をささげるであろう。」
詩編記者は自分が出来ることを心を尽くして王のために歌っていますが、このようなほめことばは人間が受けられる
ことではなく王であられる主イエス・キリストのみであります。イエス・キリストがこの地上に来られたのも神の国を
回復させるためであります。
洗礼ヨハネが最初に語った言葉はマタイ3:2節「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。
神の国を伝えながら、悔い改めを求めていました。
そのイエス様も同じように伝えられました。
使徒1:3節「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。」
使徒28:30-31節「パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、 全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。」
今日のキリスト者の中には神の国について4つの姿勢を
持っていると思います。①神の国を向かって信仰生活
を行う信仰者、②神の国を背いて信仰生活を行っている信仰者、③神の国をうろついて信仰生活する人、④神の国の
中で生きている信仰者に分けることが出来ます。
こような教理はキリスト教会において大事なものであります。神の国は主イエス・キリストがすべ治められます。
私たちキリスト者は主が救い主であり、王の王であります。主イエスは私たちの祈りに答えて下さるお方であります。主イエスは癒し主でもあります。
主イエスは慰め主でもあります。このように告白して信仰生活するのが当然でありますが、そのような信仰告白を
私たちは行っているでしょうか?詩編記者が歌っている
ように王の王のためにいつも賛美を捧げましょう。