四旬節第二週
十字架に向かって
マタイ 20:20-28
ナザレのイエス・キリストは世の人々の救うために
お生まれになりました。そして、主は十字架で死ぬ
ために来られました。多くの人は人生を楽に過ごしたいと願っています。しかし、主イエス・キリストは
短くて苦しみの人生でした。世の人々は人に仕えられることを求めますが、主イエスは人に仕えられるより
仕えるために来られたの4です。
多くの人は人より上に立ちたいと願いますが、主イエスは自ら低くなられました。
主イエスは馬小屋で生まれ、お父さんは大工の仕事を
していました、30歳までにイエス自身も大工の仕事を手伝われました。マタイ20:17ー19節「
イエスはエルサレムへ上って行く途中、十二人の弟子だけを呼び寄せて言われた。「今、わたしたちは エルサレムへ上って行く。人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して、異邦人に引き渡す。人の子を侮辱し、鞭打ち、十字架につけるためである。そして、人の子は三日目に復活する。」、本日の本文は着々と十字架の苦難のために
行進している主イエスの最後の生涯を紹介している
悲しい場面であります。四旬節の歴史は40日間断食
する期間でありました。つまり、キリストの苦難を
共にする意味でもあります。キリストが苦難を受けられたのは私たちの罪のためにあったのです。
罪のないお方が十字架で死なれました。
ルカ2:41-50節はイエスが12才ごろに起こった出来ことが書かれています。主イエスが私たちを
愛したゆえに十字架の死を選んだことを信じている
でしょうか?しかし、その神様の御心を知らないゼべタイの息子たちの母はイエスに自分の息子たちを一人は右に、一人は左にとお願いしました。
四旬節期間は主イエスを黙想する時間であります。
堂 会 長 梁栄友 牧師
名誉 長老 林秉魯 朱瞮中
長 老 姜遠基 林英宰 梁昌熙 朱京中 趙舜元