確信はありますか?
コリント(第二)1:12-24
自分が真実なひとなのか?あるいは本音と建前があるひとなのか?真剣な心で自分に問い詰めたことがありますか?そして、自分はどこでも認められる人であるか?自分に問われたことがありますか?
パウロはコリント教会の信徒たちから理由もない
避難と裁きを受けています。時にパウロは本音と建前がある人であると避難していたのであります。
そのような状況で、本文ではパウロの弁明が書かれて
います。なぜ、パウロはここで弁明している理由は
パウロが信じている福音は偽物ではなく、正しいものであることを説明している聖句であります。
18節「神は真実な方です。だから、あなたがたに向けたわたしたちの言葉は、「然り」であると同時に「否」であるというものではありません。」
パウロは神様は真実なお方ですから、神様を信じる人は本音と建前のひとであることを明らかにしたので
あります。13ー14節「わたしたちは、あなたがたが読み、また理解できること以外何も書いていません。あなたがたは、わたしたちをある程度理解しているのですから、わたしたちの主イエスの来られる日に、わたしたちにとってもあなたがたが誇りであるように、あなたがたにとってもわたしたちが誇りであることを、十分に理解してもらいたい。」
パウロは確認していることをずばりと語っています。
それはパウロは今は誤解され、自分に対して非難をしているが、主イエス・キリストが再び来られる日には
私たちの心の奥底まで明らかにされるから、その日には皆様は私の事を誇りであることを確認出来るという
確信があるのであります。この時間、私たちはあの日
に起こる出来ことに確信を持っていますか?
今は悔しいこと、損すること、人間的には何の得も得られないが、あの日には主イエスが私たちを誇りに
してくださる確認であります。神様の存在、神様の
祝福、神様の愛、神様の約束などを信じ、確信を持って信仰生活に励みましょう。