光復節 光復の喜びと祝福
総会総会平和統一主日
詩編126:1-6
2021年は韓国が光復節76周年を迎える年であります。詩編126編はユダヤ民族がB.C586年にバビロンの70年間の捕虜から光復を迎えて感動の歌を歌ってる詩編であります。
光復は私たちに何を意味しているのか?
① 束縛から解放、自由な人になることを意味しています。
韓国は36年間日本の植民地時代でありました。民族の精神や人の名前も変え、愛国者らは刑務所に、教会も自由な礼拝が出来ない、
天皇を奉る儀式を強制的に行う時代でした。そこから自由になりました。この喜びと感動は言葉には言い尽くすことが出来なかった。
ですから光復は喜びを意味しています。
② 光復の意味は失われたものを取り戻す意味であります。
36年間失われた、言葉、国民の主権、領土、失われた自由、自分の
名前を取り戻しました。イスラエル民は430年間のエジプトの奴隷
生活から自由を得られました。ユダヤ民族もバビロンの捕虜時代は
名前や民族の精神も奪われました。
旧約聖書のダニエル、ネヘミヤ書などがその時代の内容が書かれて
います。3節「主よ、わたしたちのために大きな業を 成し遂げてください。わたしたちは喜び祝うでしょう。」
ユダヤ民族がバビロンの70年間の捕虜から光復されたのは自分のたちの力ではなく神様の業でありました。それを喜び祝います。と
賛美している内容です。イスラエル民が430年間の奴隷生活から
エジプトを出たことも神様の奇跡であり、神様の業であります。
日本も1945年8月17日に教会の指導者たちを殺す計画を持ちましたが、8月15日に戦争に敗戦したと告白して、韓国は光復を迎えました。ですからの毎年の光復節を迎える時に神様の恵みであることを
忘れてはなりません。もう一つキリスト者にとっては罪の奴隷から
神様の子どもになったことは霊的な自由を頂くこととなります。
3.光復された人は未だに光復していない人のために祈る使命が
あります。4-5節「主よ、ネゲブに川の流れを導くかのようにわたしたちの捕われ人を連れ帰ってください。涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる。」
そのようになった結果は6節「種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は/束ねた穂を背負い/喜びの歌をうたいながら帰ってくる。」